
街路・港湾・私有地等に今なお点在する水銀灯と、強烈な緑かぶりを起こすその光。
– 世界を「沈黙のうちに不完全なまま成立させる」ということ
水銀灯の光は、青・緑・黄などの限られた波長のみが飛び抜けて強く、反対に他の成分をほとんど含まない。これは他の多くの人工光源と比較しても、かなり極端な特性といえる。
世界は光によって明らかになるが、元来は太陽光や熱放射といった連続スペクトルの光によって明らかにされてきたはずである。それを前提とすると、水銀灯のように明確な偏りや欠落をもつ光は、世界をどこか欠けたままの不完全な姿として成立させてしまっているように見える。
加えて、水銀灯は多くの場合「白く、過不足ない光」と無意識に期待され、そもそも光源としてすらほとんど認識されることもない。しかし、その実態は大きく偏っている。この無言の偏り・欠落・不完全さは、世界の成立要件を問う静的な圧として迫ってくる心地がする。
この点、ナトリウム灯などは水銀灯よりもさらに演色性が低く、ここまでの論理でいえば一層「世界を不完全にする」ように見えるが、これは「オレンジの光」として異質さを認識されやすいため、このような圧は感じないように思われる。

なお、水銀灯は既に、水銀自体の有害性から製造・輸出入が禁止されている。かつて公共空間の夜の色であったこの光は、今や現実と喪失の境界に宙吊りの位置を占める。
