“準現実(Semi-Reality)” =「主体と現実の実体的接続が希薄化した状態」と仮定したとき、例えば以下の環境条件がその成立を誘発する。
〈顔を持たない時間〉
:主体と、時間・空間との意味的な接続の希薄化。
すべての空間は、「意味が与えられなかった無名の時間」に晒されて今日に至っている。
それらは多くの場合、そもそも誰もそこにいなかったために意味づけされなかった時間、あるいは誰かに意味づけられたとしても、当事者以外には知られ得ない時間の中に置かれ続けてきた。
そうした時間が蓄積され、「あとから確認しようがない」ことをいいことに、潜在性へと変質してしまっているように感じられる。とくに古い建物などにおいては、その潜在性が、場所や建材の一部にまで塗り込められ、永久に解決され得ない圧として、静かにそこに留まり続けているように思える。
このような時間の経過は、出来事や機能として回収されることがなく、機能する現実としての顔を持たない。
(参考:Photographs)
〈不全を起こす光〉
:視覚と対象の接続を不安定にする光環境。
場を照らす光源のスペクトルの偏りや、撮影機材側の色かぶりによって生じる不全。
世界は光によって明らかになるが、一定の波長を欠いた水銀灯やナトリウム灯による低演色の光は、空間を正確に可視化することなく、世界を不完全なまま成立させてしまう。
その結果、世界は「見えているが、正しく機能していない」状態に置かれる。このような光は、現実を明瞭にするのではなく、現実そのものに機能不全を引き起こしているように見える。




〈知覚の限界〉
:主体が判断に必要な情報を得られない状態。
「暗いがかろうじて見える」「頑張ったが見えなかった」といった知覚の限界や破綻は、その対象が持つ機能性を、単純に阻害してしまう。これは世界の不全ではなく、それを知覚する主体が「判断に十分な情報」を得られなくなっている状態である。結果として、現実は十分に機能するものとして成立しなくなる。




(参考タグ:知覚の限界)
〈社会的機能の状態〉
:空間と社会的意味との接続が曖昧になる条件。
街や建物といった題材は社会的な器であるため、必然的にその社会的機能の強度(稼働/後退/停止)についての指標を内包している。たとえば、それが中途半端な状態で留まるとき、空間は完全に機能することもなく、また完全に失われることもなく、「機能しきらない」宙吊りの現実として残存する。




(参考タグ:社会的機能の状態)
